不登校からのホームスクール奮闘記

発達障害の子供が不登校に。付き添い登校とホームスクールで楽しく学ぶ親子の記録。教育問題についても書いてます。

子供が発達障害と診断されるまで④精神的につらかった日々

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すっかり間があいてしまいましたが・・・
完結していないことに気が付いて。

つづきを書いてみます。1~3も、良かったらご覧ください。

 

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※あくまでも一つの経験談としてご覧ください。

診断結果は「広汎性発達障害

発達支援センターに通い始めてからしばらくして、病院での診断を受けることになりました。
診断結果は「広汎性発達障害でした。

 

診断書にはさらに高機能自閉症(PDD)・受け身型と書いてありましたが。
今でいうASD自閉症スペクトラムということです。

 

ADHD学習障害なども含めて発達障害と言われていますが、どの障害にも当てはまる人もいればそうでない人もいます。
特性や症状は個人差が大きいために、「発達障害があるからこうだ」という特定はできません。

診断後から療育を受け始める

診断を受けてからほどなくして、作業療法と言語療法の療育を週に1度受けることになりました。
息子のためにと必死になって、毎週通っていました。

 

このころは意思の疎通も難しかったので、息子の機嫌が悪いときも多々ありました。

 

そんな機嫌が悪いときに療育を受けてもうまくいくわけがなく、だんだん私にとっても苦痛になってきましたが、1年半ほど通いました。

 

療育に通うことでできるようになったこともたくさんあります。
本当に少しずつですが、成長を感じられました。

 

ただ、見知らぬ土地で昼間は夫もおらず、仕事柄不在の時も多かったから頼ることもできず。
友達を作るのが苦手、人付き合いも広く浅くができない私は、なんだかひとりぼっちのような気がして。

 

ストレスを発散することもできず、娘に当たってしまうこともありました。
あの引っ越ししてからの2年間は、私にとっては人生で一番つらい日々だった気がします。

 

当時の自分を思い起こすと、いかに精神的に参っていたか。
元気だったらもっとやれることはあったのに。
やりたいことはたくさんあったのに。

 

息子のことで精いっぱいで、頑張りすぎていました。
きっと病んでいたんだと、今振り返ると思います。

 

今だから言えるのは、このころの私はとことんネガティブだったということ。
でも、このネガティブさがあったからこそ、今はポジティブでいられるのかもしれません。

 

発達障害は人それぞれ症状が異なりますが、一人一人に合わせた配慮ができれば辛さも少なくて済みます。
どうか理解してくれる人が増えたらいいなと思います。

 

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